<平均的な中間管理職玉置さん>
「せめて退職までは平和に過ごさせて欲しい」
ことの発端
昨日、部長に呼ばれた佐藤が少し元気がない。正直人として好きかどうかと尋ねられたら即答は避けたい相手だが、大事な部下だとは思っている。
仕事に関しては中くらいよりは出来るが、上に積極的に推挙出来るかと言うと、それほどではない。時折とんでもないミスもするのも気にかかる。
その上プライドが高く、周りには空気が読めない奴とも言われている。言っていることは正しいし、間違えてもいないのだが、文脈や関係性によらず、正論ばかりを言うのだ。
先日も取引先との打ち合わせの最中に、相手の見通しの甘さを指摘するという暴挙に出た。
さすがにその場は平謝りし、自社に戻った後に注意をしたのだが、本人は何がダメだったのかどうもよく分かっていないようだ。いつも自分ばかりが叱っているので、たまには他の人からの指摘もいいだろうと、部長に報告をし、佐藤と話しをしてもらうことにした。その結果がこれだ。
心ここにあらずというところだろうか。
一度くらい頭を打つ必要があるし、誰しも通る道なので、放っておいてもいいだろう。
と思っていたら翌日佐藤は、重要な会議でもやらかした。役員の話の最中に居眠りを始めたのだ。さすがに気づかれたようで、役員から睨まれた。とりあえずすぐに起こしたが、その後も下をうつむいたり、窓の外を眺めてボーッとしていたため、思わずため息をついた。
入社してきた時にはこんな感じではなかった。前向きで、積極的でミスもするけど、素直に頑張ろうとの思いに溢れていた。しかし、同期が一人一人と出世していくにつれ、佐藤は持論にこだわり始めた。それこそ、評価しない会社が悪いとでも言わんばかりに。
彼の持論とも言える悪口が直属の上司である自分の耳にも入って来ている。
本当にこのままではダメになる、でも積極的にどうしたのものかと考えていた矢先、見るからに元気がない佐藤に会議室に呼びだされた。そこで渡されたのが、診断書だ。
○○心療内科の文字と、「不眠、新型うつのため、しばらくの休養を要する」と書いてある。
本人に説明を求めるも、「あまり眠れなくて病院に言ったらそう診断されたんです。自分なりには努力したんですが」。いつも冗長な話しも、話すのもしんどいようだ。
仕方がないので診断書を受け取り、『どうして欲しいのか』尋ねた。
「しばらく休ませて欲しい」とのこと。この場は『分かった』とだけ答え、どうしたものかと考える。
一度部長にでも相談してみるか・・・
<企業顧問カウンセラーとの出会い>
と一度は考えたものの、先日部長に叱ってもらった直後からのこの落ち込み方なので下手をすると、部長の機嫌を損ねてしまうかもしれない。また自分の管理職としての能力も問われるだろう。
とりあえず診断書の件で人事、総務には報告が必要だろう。診断書を持って、総務に相談に行くことにした。手続き上のことは診断書があれば問題ないようだ。実際メンタルのケアについて「一般論では・・・」と前置きをして聞いてみることにした。すると、「先日入られた企業顧問カウンセラーの先生に相談してみてはどうでしょうか?評判いいみたいですよ」と、言われた。ある意味たらい回しにされた気分だ。
一度アポを取り、内部では角が立つかもしれないため、近くの喫茶店を指定し、待っていてもらうこととする。
白衣こそ着ていないものの、清潔な身なりで、心理の専門家なんかにはとても見えない。
促されるままに席に座り、具体名は伏せながらも今回の一連の話をする。すると、「それはお困りでしょうね。よくご相談してくださいました」と労われた。少しだが肩に入っていた力が抜けた気分だ。
舩:こちらから人事と社長にはお話を入れておくので、明日からは就業時間内にお話を出来るように手配しておきます。もちろんこうやって場所や時間の融通を効かせることも可能です。玉置さんもお忙しいと思いますので、無理なく、今のお仕事の負担を増やさない形でやっていきましょう。
と言われた。どちらか一方の立場だけからではなく、色々な立場で考えられる人のようだ。せっかくの会社で導入された制度だ。ダメ元で使えるところは使っていこうか。
<新型うつについての理解>
翌日から週に1~2回程度のペースで30分ほど話しをしていくこととなった。
最初は佐藤への接し方での注意点や、新型うつの特徴、を教えてもらった。
要は一見サボりに見えそうな、でも本人も周りもしんどいうつというものらしい。
特に仕事中はやおらしんどさをアピールしてくるのに、仕事場を離れたり、時間外にはほとんど普通に見えるというのがやっかいなところだ。認知の偏りや歪み、本人も何がしんどいのか言語化出来ないところの辛さがあると教えてもらった。
佐藤は心療内科で診断書が出ているので、すぐに新型うつと分かったが、逆に診断書がなく休まれていたら、余計にややこしいことになっていたと思う。そういった点ではまだ考える余地があり、心理の専門家に相談出来たというのも運が良かったと言えるのだろう。
<自己理解>
また特に自分の話はするつもりはなかったのだが、なんとなしに、「部下の件も含めて良くも悪くも目立ちたくない」「これ以上の出世も望んでいないので残りは消化試合でいる」ということも思わず話してしまった。なんの気なしのことだったのだが、思わず口からこぼれ出てしまった。であるなら、それは佐藤のことは早めに何とかしたいと思うのも当然なことだ。佐藤の相談のつもりが、自分も本音を引き出されてしまった。
舩曳先生は「余談なのですが・・・」と付けて新型うつになりやすい方の特徴を教えてくれた。
また公務員でもない限り、うつの診断書が出て病気休暇がもらえたとしても、給与が出るかどうかは会社次第のようで100%保証のところから全く出ないところまで様々であるらしい。そのため病気休暇中は健康保険から出る傷病手当を給料の2/3が1年半出る制度についても教えてもらった。
<解決>
佐藤については、思った以上に上司である自分からの評価によって左右されることが分かった。
そのためにどういった接し方(褒めるところは褒める・感謝の気持ちを言葉にする、ダメなところは正しいやり方を教える、比較はしない)を教えてもらった。
以前ほどの元気さがあるかと言われると疑問は残るが、それでも何とか会社に来れていることは非常にありがたい。
来期の人事でも本人の様子を詳しく引き継げそうだ。これで残りの消化試合も平和に終えられそうだと一安心するのだった。